なぜこの記事を書こうと思ったか
四月は君の嘘 というアニメを見たのがきっかけだ。
ヒロインの少女はバイオリニストで、主人公のピアニストの少年とコンビだった。
でも少女はもうバイオリンを弾けない。病気で脚に力が入らず、立てなくなってしまった。
それどころか余命がわずかしか残されていないらしい。
少女はわずかにでも余命を伸ばすために手術にのぞむと決めた。
もう直ぐ死ぬかもしれないし、手術が失敗して死ぬ可能性も高い。
少女は涙を流しながら少年に言った。「私を1人にしないで」と。
この時少女は、1人死に、孤独になる恐怖と絶望で満ちていたというのが理解できた。
自分もそんな気持ちになったことがある。少女の気持ちを心の底から理解できた気がした。
この感情を忘れないうちに、記事に残してみようと思った。
自分にとって孤独とは
自分の人生に孤独な時期はいくつかあった。
自分から望んで孤独になり、強さや自立性を獲得していった。
なかなか友達ができずに孤独に感じたこともあった。
婚約者と破局した時には真の孤独を感じた。
孤独は、自分に強さをもたらし人格形成に影響を与えた。
孤独は、寂しさや絶望を教えてくれた。
孤独は、絶望から立ち直る力強さをくれた。
時系列順に、自分の孤独を振り返っていく。
10歳の自分は望んで孤独になった
周りの大人たちから何度か拒絶される出来事があった。
祖父や祖母から拒絶され、幼馴染のお父さんからも拒絶された。
人と自分の間に心の壁を作るようになった。
そこに、両親の離婚話が舞い込んできた。
両親は仲が悪く、いつも口論していた。いつも離婚すると言っていた。
ある日、離婚届が出てくるくらいにヒートアップした。母は離婚届に記入済みでもう印を押し、あとは父だけだった。
父は一旦拒んだが、離婚の話は進んだ。
私は3人兄弟だが、誰が母についていくか、誰が父についていくかの選択を迫られた。
弟と妹は母についていくことにしたようだ。父は子供に暴力を振るう昭和気質な人だったので、子供達からあまり慕われていない。
私は嫌気が差していた。離婚してほしくなかった。この家庭が続くことを望んでいた。
私が出した答えは、「どちらにもつかない。離婚するなら1人で暮らす。」と言ったものだった。
こんな出来事が起こるなら、何にも影響されず1人で生きていけるように、誰にも頼らずに済むようにならなければならないと思った。
人間社会を離れて、山や川で1人暮らすつもりだった。
そして、自分を人質にして、離婚を踏み留まらせる狙いもあった。この時まだ10歳だった。
別の日の朝、私が小学校に登校する前、両親が離婚するとまた口論になった。父も母も本気のようだった。
この時私は泣きながら必死に仲裁に入った。
これまでの私の動きが功を奏し、両親の離婚を阻止することに成功した。
それ以来、本気の離婚話は出てこなくなった。
しかし、これが良かったのかどうかはわからない。弟の人生の分岐点の1つ目だったと思う。
多分この時離婚していれば、弟は後々に統合失調症を発症せずに済んだと思う。
繋ぎ止めることはできても、家庭環境が悪すぎた。繋ぎ止めるべきではなかったかもしれない。
横道に逸れた。弟のことは置いておこう。
「誰にも頼らずに1人で生きていけるようになろう」という強い思いは、離婚の危機が去っても、私の中に強く残り続けた。
大人たちから拒絶されたこともそれを後押しした。
孤独になろうと誓った。
孤独になって、1人で生きていけるだけの強かさを手に入れたかった。
何にも左右されずに生きていきたかった。
すぐさま、私の性格は180度変わった。明るく社交的な性格から、冷酷で内向的な性格に変わった。
全ての人から距離をとった。
幼馴染からは、「お前性格変わったな」と言われた。それに対して私は何も返事しない。
妹からは後々、「兄ちゃんは家族から2歩3歩も距離をとっていた」と言われた。家族を家族と思わなくなっていた。
クラスメイトはみんな、私のことを「原井君」と、「君」付けで呼ぶようになった。前までは「原井」と呼び捨てだったのに。
あらゆる人と距離ができた。
これで私は何もかもを1人で成すようになり、自立性や心の強さを手に入れた。私の望み通りだ。
これで、何にも左右されず、1人で力強く生きていける。
これが私の人生で初めての孤独だ。望んで孤独になったし、辛くも悲しくもなかった。
中学・高校時代、あまり友達ができなかった
中学・高校時代にかけて、私は友達があまりできなかった。
この頃には孤独になった目的は達成されていて、なりたい自分には概ねなれていた。
さらに孤独を貫くか、それとも卒業するかの時期だったように思う。
孤独を貫きたい気持ちも、友達を作って楽しく過ごしたい気持ちも両方あった気がする。
しかし、どうやって友達を作っていたのかを思い出せなかった。
昔は簡単に友達を作っていたのに、どうすればいいのかわからない。
人を友達と思うこと自体にも、自分の中に高いハードルがあるように感じる。
しかし時々、私と友達になりたがる人がいた。
それは友達がいない人や、いじめられている人だった。
彼らは私を一時の居場所にしていた。
私は中学で影響力があった。私のことは全校生徒が知っていた。お手本のように真面目で優秀な生徒で、有名人だった。
私と友達になればいじめられないとでも思ったのだろう、いじめられていた人が私を隠れ蓑にしようと寄ってきた。
でもそんな打算的な動機で近づいてきた人を、友達だとは思えなかった。
私が必要なくなったら、私の元を去っていった。
また、中学1年生の頃はまだ友人グループが固まっていない。私に寄ってくる人がいた。
私はその人を友達と思っていたが、2年生になる頃には別の友達ができたようで、私を友達扱いしなくなった。
みんなやがて私から卒業して巣立っていく。そんな感覚だった。
中学時代、友達がいなかったように思う。
みんな私のことを知っていて話しかけてくれるが、本当に浅い間柄でしかなかった。
部活動の同級生は友達だったと思う。コンピューター部だった。
その数人とだけは仲が良かった。
高校時代も同じような感じだったが、友達と呼べる人は中学時代より多くできた。
高校では受験勉強の重要性が高まり、勉強を教えてらうために私に近寄ってくる人も多かった。
でも、そんな人たちとも仲良くやれていたし、友達と思っていた。
ただ、純粋に友情関係で結ばれている人は数人だったと思う。
この時代、私は孤独だっただろうか。
おそらく当時は孤独を感じていなかったと思う。
学校における影響力があったせいで、いつも周りから必要とされていたからだ。
でも、今振り返ると、特に中学時代は孤独だったような気がする。
中学・高校時代の友人はその時限りの友人だったし、後には関係性が続かなかった。
後になって、そんな人間関係に意味があるのかと悩んだりもした。
当時は人間関係などそんなもんだと気にしていなかったが、孤独に慣れた自分のスタンスが、この時代でも孤独を招いたように思える。
32歳、婚約者と破局した
それから一気に時間は飛んで、私が32歳の頃。2024年だ。
私には結婚を約束した交際相手がいた。約束と言っても、口約束だ。
その人とは心の底から繋がっていて、すでに人生のパートナーだった。
あることがきっかけで、彼女との仲が急激に険悪になる。
当時彼女が大切にしていた、心の拠り所としていたものについて、私は要らぬ口出しをしてしまった。
それが彼女の逆鱗に触れた。彼女が怒ったことなど、それまでになかった。
穏やかな人だった。
長年鬱病に苦しむ彼女を支えたい一心で、私は彼女のことだけに心血を注いでいた。
他の交友関係は絶たれていた。私には彼女しかなかった。
そんな状況で、彼女と実質的に破局したのがわかった。
私が真に孤独を感じたのは、この時だ。
彼女との関係が切れたことで、私と関わる人はいなくなった。
かつての友人たちとも連絡をとっていない。0人だ。
故郷からも離れ、東京で1人暮らしている。
仕事仲間とは仕事だけの間柄だ。
本当に1人になってしまった。
怖かった。絶望していた。
自分にはもう誰もいないじゃないか。
孤独が怖くて怖くて堪らなかった。ずっと泣いていた。
この時の感情が、四月は君の嘘のヒロインに似ているのではないかと思う。
死にゆく恐怖と向き合っているかのようだった。
寝れない夜が2週間続いた。長く寝れても2時間だけだ。ほとんどの夜は寝ていない。
何がいけなかったか、どうすれば良かったか。交際相手と破局したこの状況をどう回復させるか。そのことばかりを考えてしまい、一時も脳が休まらない。不安に突き動かされて、脳が休まらなかった。
彼女と復縁する方法を必死に考えた。藁にもすがる思いだ。
方法などなかった。受け入れるしかない。
自分が1人だとわかって、どうすれば生き延びられるのか考えた。
1つは、故郷に帰って両親と過ごす人生に切り替えること。でも、できればしたくなかった。
2つ目に、過去の友人たちに連絡して、また関係性を復活させること。
これは実行に移した。都合の良い話だが、彼らとの繋がりが私を孤独から守ってくれた。
そして、交際相手との破局について自分の中で折り合いをつけていった。それには1年かかった。
例え彼女が心配でも、もう連絡しないと約束した。私が連絡しても彼女を傷つけるだけだからだ。
これからの孤独
これからの人生で、孤独を感じることはあるだろか?
分からないが、今の私は孤独を恐れていて、そこからの脱却方法も学んだ。だからあまりそんな状況にはならないと思う。
仮に結婚して、妻に先立たれたとしたら、その時は孤独を感じるとは思う。
愛猫が天国へ旅立つ時が来たら、その時にも感じるだろうか?
子供ができて、実家から巣立つ時は?
でもきっと大丈夫。もう孤独の乗り越え方はもう分かった。
これから問題になるとしたら、孤独ではなく、きっと悲しみや喪失感から立ち直ることだ。
でもそれはまだまだ先の話。