Hahnah Chronicle

「過去の大恋愛はどうせ越えられない」なんてことはない

Authors
原井 夏樹
Published on

過去に大恋愛をした人、未練を持ったまま離婚した人、最愛の人と死別した人。そんな人たちに伝えたい。いくら過去のそれが大きくても、未来に可能性があるということを。

私は過去に 婚約者と別れた という記事を書いた。
かつてその婚約者とは非常に深い関係にあり、私の人生において最大の恋愛体験だった。
未来においても、他の誰と付き合っても、これを超えることはできないんじゃないかと、心の片隅に諦めがあった。
センチメンタルな時は、「新しい恋愛に踏み出しても、どうせあれを越えられない」と思ってしまうことがあった。

それは本当にそうなのだろうか?
感傷に浸って思考を放棄している自分に気付いた。

論理的には「過去の大恋愛はどうせ越えられない」なんてことはないのだ。
この記事を読む人が抱えているであろう心の傷に寄り添いながら、私の考えを共有したい。
また、自分自身に向けた備忘録とする。

「あの人は特別だった」は肯定して良い

その人は、その人と築いた絆・関係性は、間違いなく特別だ。
長い時間を共有し、信頼を積み上げ、深い理解と愛で結ばれた関係は、他の誰とも比べられない。
これは完成度の高い関係性だ。それは肯定して良い。

「あの人と比べてしまう」は自然なことだが、まず比べ方を知ろう

一方で、新しい相手を探しているとしよう。
その新しい人と、過去のあの人を比べてしまうことだろう。それは自然なことだ。

しかし、比べるには前提を一致させる必要がある。

過去のあの人とは長年の付き合いがあった。
しかしこれから恋をしようとしている相手とは、それほどの時間は共有していないだろう。
すると、比較される多くのことは、同じ土俵に立っていないままに比べられてしまう。

例えば:

  • 性格的な相性
  • 相手の長所・短所の理解度
  • 何も言わなくても通じる安心感
  • 弱っているときに、どう接してほしいかをわかってくれる感覚
  • 将来について話すときの温度感や現実感
  • 一緒に黙って過ごしても苦にならない時間

これらは、共有した時間の長さによって深まったり、理解が進んだりするものだ。
だから、新しい人と過去のあの人を比べる時には、前提を揃える必要がある。

つまり、過ごした時間が同じものとして、その時点での両者の関係性を比べるのだ。
例えば、付き合って1ヶ月時点でもいい。付き合って5年時点でもいい。

  • 1ヶ月時点で比べる例: 「付き合って1ヶ月の今の人と、付き合って1ヶ月時点だったの過去のあの人を比べる」
  • 5年時点で比べる例: 「今の人と5年付き合ったとする想像と、5年付き合ったの過去のあの人を比べる」
    • 未来を起点に比べるなら、最良の予想をするくらいでちょうどいいかもしれない。人は過去を美化しがちだから

そうすると、「過去のあの人はどうせ越えられない」なんてことはない、と思えないだろうか。

過去のあの人は人生の中で大きな一章だったが、唯一の一章とも、最高の一章とも限らない。
少なくとも過去のあの人と同じだけの時間を共有すれば、同じくらい大作の章になる可能性は高い。
もちろん誰でも良いわけではない。自分と相性の良い人を見つける必要はある。

「恋愛の高揚感」は始めは必要ではないかもしれない

恋愛の高揚感がある人はそもそも、この記事を読んでいないだろう。
「この恋愛こそが本物だ」という風に感じているだろうから、この記事に書いてるような悩みは持っていないはずだ。

しかし、いざ恋愛しようにも、慎重な人や、じっくりと時間をかけて好きになっていくタイプの人もいるだろう。
そういう人も、どこか諦めてしまっている人も、恋愛の高揚感というのは始めからは得にくいと思う。

そんな人は、「低負荷な相手」を探すと良いかもしれない。
低負荷というのは、「居心地がいい」「無理せず自分らしくいれる」ということの基盤になる。
そのような相手とであれば、相性が良く、時間をかけて関係性を築く価値が大いにあるのではないだろうか。

終わりに

「過去の大恋愛はどうせ越えられない」なんてことはない

一緒に、前を向いていこう。